歴史写真館NO.120 美幌峠の伝説

 その昔、アイヌが川の魚のことから戦いとなった。ビホロ側は酋長(集落の長)が戦死。一人息子のパポニも深傷を負って山を越え、クッチャロ湖畔の酋長の家に逃げ延びた。

 パポニは、コタンの酋長の一人娘・テシカから寝食を忘れた手厚い看護を受け、トウン(現在の「池の湯」に浸かって傷を癒やすようになったが、若い二人はやがて恋に落ちた。

 ところが、パポニの傷が回復したころ、パポニが新しい酋長としてビホロへ帰らなければならなくなった。二人は泣いて別れを惜しんだ。

 二人は互いに相手のことが忘れられず、湖を見下ろす山の上で毎日のように逢瀬を重ねたが、二人は結ばれぬ身の上であった。

 パポニは、メアカンベツコタンの酋長の妹と結婚しなければならなくなった。今日が最後の逢い引きという日、そのことを打ち明けられたテシカの悲しみは大きく、山を駆け下りて、オヤコツ(和琴半島)の岬の断崖から湖水に身を投じてしまった。

 パポニも生きる望みを失い、テシカの後を追ってその命を終えた。

 二人がそれまで通い続けた嶺のうねりは、いつしか小道となり、道端にはテシカのようにかれんで美しい高原の花が咲き匂うようになった。

 これが、今日の峠道の由来としてアイスに伝わっている。

(弟子屈町史2号から)

てしかが郷土研究会(菊池)

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